smokinbitches
久しぶりに
ぐらぐらぐらっと感じるブログと遭遇したので紹介したい。
これでぐらぐらっと来た人とは好みがあうだろう。
また外国人の女の子とつきあった事がある人ならこの画像に親近感を持てるかもしれない。
さっらと全体を見てみたがリンゴでマリファナ吸引している女の子が多かった。
2010年初大麻はリンゴで吸う事にしようと思う。
a happy new year to you all.
amsterdamding
Archive for December, 2009
2009
smokin bitches
2009
クッキー
マリファナでハイになった状態になると、今まで絶対引き出せなかった頭の中の奥の方にある記憶の引出しを引っ張りだす事ができる。
母乳を保存し、使用済みになったプラスチック製のほ乳瓶を洗いながらひとつ引き出してみた。
去年の今頃、久しぶりに再開した女の子の友達に
”あんたから高校の時なんかおもしろいもんもらってんけど覚えてる?”
女の子に限らずいろんな人におもしろいものをあげてきた。この話も自分の話かどうかも疑わしい。
しかし彼女曰く、手作りの何からしい。
恥ずかしいし、もう忘れてるし、思い出したくもないからその辺で止めておいてもらった。
”いやええわ、聞きたくないし。俺ちゃうやろ” と。
あの時以来なんだったかな?と思っていたが今日やっと思い出した。
中学生のときからアメリカが好きで、高校生の時にはかなりリベラルなアメリカ人感覚で気取っていた。
高校1年生の時にマウンテンヴューの高校に行ったとき、アメリカでは男の子も好きな女の子がいたらプレゼントを送るってことを体験し身につけた。
それは母親と一緒に作るおやつだったり、ただ手紙だったりした。
おそらく、
帰国して何を思ったのか、母親と一緒にクッキーを作って、好きだった彼女に渡したんだろう。
もらった方は意味不明だったのかもしれない。
でもその後どうなったのかは今日の吸引量では引き出せなさそうだ。
amsterdamding
“chula homiez soy loco”
2009
マジックマッシュルーム
サンディエゴから家族が訪れている。
16歳の弟も朝から両目を真っ赤にしてやってきた。
二日麻酔いだと言う。
自宅の裏にある小屋の裏側にはタンジェリンがまだわさわさしている。
背伸びしても届かない場所になっているものを穫るには屋根に登らなくてはならない。
弟に”屋根とか登るのどう思う?”と聞こうと思った時には彼は木を足をかけて一瞬で屋根に登っていた。
彼に続き生まれて初めて屋根の上に登る。
ポケットの中にはパイプとマリファナとライター。
こんなに違うものかと思う程景色がきれいだ。
隣の家はプール付き、また違う隣のユダヤ人一家の双子と三つ子の5人組がポカンと口を開けてこちらを見ている。
煙突の上に二人で座って兄弟で最高の一時を。
屋根からべろんべろんの状態でジャンプして降りると真剣な面持ちで弟がこう語りかける、
“兄貴、多分だけど、庭に生えてるキノコ、あのキノコですよおそらく。”
あのキノコ=マジックマッシュルームのことである。
サンディエゴの高校生の一部はマリファナに限らずマジックマッシュルームもパーティで使っているらしい。
マジックマッシュルームに関して、全く知識はない。
分かる方、是非観てみて頂きたい。
しかし松茸もそうだが、キノコ類を初めて口にした人類の先輩達は勇敢である。
amsterdamding
2009
クリスマス
2009.9.19 9:45 pm
素面の自分は妻と彼女の母親と分娩室で出産の瞬間を迎える。
分娩室でもパスワードフリーの無線LANが完備され、iPhoneの電源を入れていれば覚えのない楽天のショップからくだらないメールが入ってくる。
次の瞬間には元気な男の子が誕生する。
2日後には退院し、ここままクリスマスは家族で過ごせると思っていた。
しかし退院した翌日の小児科医での診断で脱水症状が判明し、即2日間さらに病院のソファでの生活が待っていた。
これは認めなければならない。
どのような言い訳をして医療マリファナを使おうが、基本は大麻が好きで吸っている訳だ。
大麻に中毒性はない
よく目にする記述には私は賛同できない。
やはり吸わなければ吸いたくなるし、吸った時の高揚感は何にも代え難い。
合計4日間ソファで仮眠をとった私の体はガチガチだ。
最新医療のおかげでクリスマスの昼には家族3人で帰宅する事ができた。
オフィスに直行してパイプとマリファナを手に取る。
メリークリスマス
amsterdamding
2009
父から
今、こちらは金曜日の7時半。ホテルロビーのフリースポットでネットに繋いでいます。
君がいつも言う、WEB環境とはこういうことだと実感として分かります。
35歳ぐらいに部服さんとツアーできた時分のタイとは随分と変わりました。
然し、いくら粗末に取り扱われても、挫けない強靱さというか、鈍感さというか、人は強く生きています。
パタヤのホテルを9時半に出て、トラック型乗り合いタクシーでバスステーションまで100バーツ、15分。
そこから、113バーツの冷房バスでバンコク市内まで2時間。
日本人は私一人のベンツバスは乗用車や小型トラックを蹴散らすように走ります。
みんなが一目おいているような走り方です。
お母さんが見たら、もう帰ろうというだろう環境です。
タイでは強くなくては生きていけません。
私は64歳で、元気に自分流の旅ができています。
若い大学院の院生が、あいつら馬鹿ばかりでっせと言った、タイ人は決して馬鹿ではなく、実に合理的で、強い人々です。
私は院を辞めて
正解でした。
杖をつきながら、一人で旅しているおじいさんに感動しました。
私もああなりたいと芯から思いました。
日本国を離れて10日余り、mobileでも、新聞でも、TVでも、この閉鎖性はもう末期的です。
然し、ゆっくりした気持ちのbabyですね。いいことです。
父
